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女流棋士の矢内理絵子「逃げ道を断てば強くなれる」

 将棋指しの人生観は、盤面に映し出されます。8歳で将棋を始め、わずか9年でタイトルを手にした矢内理絵子女流四段(31)はその後、20代半ばまでスランプを経験します。努力しても負け癖がついたように結果が出ません。実力だけがものを言う世界にあって、自身を救ったのは「逃げない気持ち」でした。(日出間和貴)

 ◆怖い者知らずで…

 セーラー服姿の17歳は怖い者知らずだった。高校3年で手にした「女流王位」のタイトル。得意の戦法に相手を引きずり込んで大一番をものにした。

 棋士は当然負けず嫌い。男性相手に逆転負けを喫したとき、腕時計をトイレの床にたたきつけた。新聞紙をビリビリに破いて負けた憂さを晴らそうとしたことも。

 「若い頃はとにかく成績に一喜一憂し、心が晴れるわけでもないのに、感情のおもむくままに悔しさを何かにぶつけていました」

 飛ぶ鳥を落とす勢いに見えたが、翌年の防衛戦で敗れると、あらゆるタイトル戦から見放された。焦りはなかったが、敗戦に対する悔しさが次第に薄れていくのを感じていた。

 タイトルから遠ざかっていた9年間、「何がいけないのか」と自問自答を繰り返した。師匠の関根茂九段(81)に相談を持ちかけることもせず、自分の問題として結論を出そうと苦悩した。将棋は勝つか負けるかの世界なのに、勝負に徹しきれなかったことに気づいた。

 「あの頃を振り返ると、対局前から『大舞台を楽しもう』とか『のびのび指そう』と自分に言い聞かせていた。これでは戦う前から逃げ道をつくり、言い訳をしていたと言うしかない。『20代半ばまでに女流棋士の全タイトルを獲得しよう』と先のことばかり考え過ぎていたこともいけなかった。結局、目の前の対局でつまずいていた。もっと自分に強くなろうと覚悟を決めた」

 ◆スランプ脱出

 平成18年冬の「女流名人位戦」。天才少女は26歳になっていた。女流名人位は一番のあこがれだ。他のトーナメントのように「将棋を楽しもう」という甘い考えを捨てきった。

 対戦相手は、前年の「倉敷藤花戦」でストレート負けした清水市代女流六段(42)。「何があっても絶対負けない」。この五番勝負では、すべて清水女流六段が得意とする戦法に飛び込んで3連勝のストレート勝ち。「相手の土俵で勝てたので、その分、手応えもあった」

 翌年、防衛に成功。そして名人位戦3連覇を果たし、スランプから脱した。

 プロ棋士の養成機関「奨励会」は男女平等に門戸が開かれ、四段に昇段すれば晴れてデビューできる。女性でも、男性にまじって棋聖や名人などのタイトルを狙うことも夢でなくなる。しかし、女性で奨励会の厚い壁を破った者は一人もいない。自身もこの「男の世界」で実力をつけてきたが、21歳で退会した。

 「将棋の歴史を振り返っても、女流は約40年と浅い。奨励会には天才少年がごろごろしていて、女の子は数えるぐらい。100対1のような環境です。将棋をする女性の裾野を広げないと男性と勝負にならないことを実感した」

 挫折には違いないが、四段昇段ができなくても、女性にはプロの「女流棋士」になる道があり、「女流棋戦」に出場できる。それに一部の棋戦については、男性に混じって女流枠での参加も可能だ。つまり、この女流の世界でしのぎをけずり、自身が先頭に立って引っ張っていくことで、女流棋士の底辺を広げていこうと決心したのだ。

 ◆装いにも気を遣い

 2年前に結成された女流棋士会の副会長を務める。「プロ野球の結果が翌日の新聞で報じられるように、将棋の対局が分かるようになるといい。将棋ファンの中には指す楽しみだけでなく、観戦を趣味にする人がいる。将棋界のドラマ性を見る楽しみ方があってもいいと思う。将棋の世界がもっと身近になればいい」

 タイトル戦では決まって和服姿で臨む。小学生の頃に見た着物の男性棋士が、絵のように美しく目に焼き付いている。観戦の魅力は、棋士同士の心理戦や駆け引き、駒の動きだけではない。女流であればなおのこと、所作や装いにも楽しみがあっていい。

 「将棋も着物も日本の伝統文化の一つ。棋士を一生の職業として選んだからには、次の世代にきちんと伝えていきたい。実は、和服で対局に臨む女流棋士は数えるほどしかいない」

 座右の銘は「戦いは、最後の5分間で決まる」。フランス皇帝ナポレオンの名言に影響を受け、10代の頃から「投了まで気を抜くな」と言い聞かせてきた。その厳しさは、まさに人生そのものである。

 --お父様から将棋を教わったそうですね

 「父は女の子にも手に職をつけさせたいと考え、プロ棋士かプロゴルファーを考えたようです。記憶にはないですが、7歳で将棋を教わったときは見向きもしなかったのが、8歳で改めて教えると興味を示したと言っていました」

 --その後の師匠は?

 「9歳の頃から、電車で1時間半かけて関根茂九段の教室へ通いました。一手にどんなに時間をかけても師匠から怒られた記憶がない。子供にしては一手に時間をかけるタイプでした」

 --将棋以外の楽しみは

 「10代の頃はテレビも見ないで将棋一筋。ただ、ピアノは高校3年まで続けました。今は車が好き。対局で負けても安全運転です」

 --対局のときの和服はどれぐらい持っていますか

 「15枚ぐらい。ローテーションで着ています。験(げん)担ぎはしません。自分の実力を着物のせいにしたくはないですから」

 ■矢内理絵子(やうち・りえこ)昭和55年、埼玉県生まれ。平成5年にプロデビュー。18年から20年にかけ、女流名人位戦で3連覇。20年のマイナビ女子オープンで初代女王に就き、翌年は防衛に成功した。17年度と18年度の最優秀女流棋士賞を受賞。将棋のテレビ番組で司会を務めるなど、広報活動にも力を入れる。20年から出身地、埼玉県行田市の初代観光大使を務める。著書に「矢内理絵子の振り飛車破り」(毎日コミュニケーションズ)、共著に脳科学者、茂木健一郎氏との対談を中心にまとめた「女脳」(講談社)。
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