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アンパンマンの世界には「お金」の概念がない!?

 ユネスコの「和食」を無形文化遺産に登録したことをきっかけに、日本の食文化に国際的な評価と注目が集まっている。そうしたなか農林水産省は、日本の食文化のさらなる普及を目的に、日本の食文化を発展させ、その文化を世界に広めることに貢献した漫画やアニメを表彰する「Contents Award of Japan Food Culture」の第1回表彰式を2013年12月8日に開催した。(授賞式の様子はこちら)

 自薦・他薦を問わず選ばれた国内の約250作品の中で、アニメ部門の最高賞にあたる金賞に輝いたのが、「それいけ!アンパンマン」(日本テレビ系列で放送中)だ。1988年のテレビアニメ放送開始以来、実に25年以上にわたって続いている長寿アニメーションシリーズ。原作者のやなせたかし氏が今年亡くなったことは記憶に新しいだろう。

 日本人の精神性である「自己犠牲」の文化を「食」を通じて世界に発信することで、世界平和につながるのではないか。そんなやなせ氏の思jいが、審査委員から高く評価されての受賞だ。

 受賞を記念して、この作品の「食」に対する考え方や思いを、本作品を手掛けたトムス・エンタテインメントの久保雄輔・執行役員制作本部 3×Cube チーフプロデューサーに聞いた。

Q:「それいけ!アンパンマン」がアニメ化されたきっかけを教えて下さい。

A:この作品は1988年から始まったのですが、日本テレビのプロデューサーの方が、幼稚園で何度も読まれてボロボロになっている「アンパンマン」の絵本を見たのがきっかけだと聞いています。アニメにしても絵本にしても、この作品は子どもたちの力で大きくなった作品だと感じています。

Q:食をテーマにしたアニメ作品は多いですが、それいけ!アンパンマンがほかの作品と異なる点や食の表現の面で気を付けたところはどこですか?

A:登場するキャラクターが食べ物をふるまうところです。アンパンマンの世界にはお金の概念がなく、みんなが料理を作って食べてもらうという喜びを持っています。「貧しい人に食べ物を与えること」を、やなせ先生が絶対の正義として描いていいて、この考えが作品の根本にあります。特にアンパンマンは顔をちぎってお腹をすかせているひとに分け与えるという特徴があり、その気持ちや精神から自己犠牲というテーマが伝わっているんじゃないかなと思います。

 また、キャラクターが食べ物に由来し、調理をする場面もあるので、観る人にとっておいしそうに感じられるように心がけています。実際、アフレコが終わった後、スタッフの間でもアニメに出てきた食事が食べたいと話すことが多いですね。

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福島・相馬市長選、立谷氏が4選 現職落選ドミノ止める

福島県相馬市長選は22日、投開票され、無所属現職の立谷秀清氏(62)が、4選を果たした。東京電力福島第一原発事故後の対応への不満から県内で現職首長の落選が相次ぐ中、早期の復興策が評価された。投票率は63・96%(前回69・77%)。

 立谷氏は9385票、無所属新顔の荒川五郎氏(65)は9110票だった。立谷氏は「本当に薄氷の勝利だ」と一瞬沈黙。「逆風の強さを改めて感じた。反省材料にしなければ」と語った。

 相馬市は福島第一原発から北に約40キロ。津波で1千戸以上が流され、458人が亡くなるなど県内市町村で2番目に被害が大きかった。原発事故の避難指示区域に指定された近隣の南相馬市、浪江町などの避難者が暮らす。子育て世代を中心に放射能への不安があり、漁業もいまだ本格操業を再開できないなど、放射能対策が課題だった。

 立谷氏は「力強い復興」をアピール。被災自治体で、住民の外部・内部被曝(ひばく)の徹底検査、津波被災者向けの災害公営住宅(復興住宅)建設にいち早く取り組んだ姿勢が評価された。

 県内では今年に入って、郡山市やいわき市、福島市など6市町の首長選で現職首長が落選していた。

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<乳がん>経験者、患者支える 佐賀の医療機関が雇用

 佐賀市の乳腺外科クリニックが、乳がん経験者を非常勤スタッフとして迎え、患者の不安や疑問に応えている。がん経験者が患者とその家族を支える活動は「がんピアサポート」(ピアは仲間の意)と呼ばれるが、サポーターを医療機関が雇用する例は珍しいといい、新たな取り組みとして注目されている。【金秀蓮】

【需要急増でミスや感染も】乳房再建、保険適用拡大の盲点

 佐賀市駅前中央1のビル一角にある乳腺外科「あじさいクリニック」。ソファに腰掛けた女性が、患者の話に耳を傾けていた。ピアサポーターとしてクリニックに勤める高椋(たかむく)里恵子さん(50)=佐賀市=だ。病気への不安や経済的な悩み、治療の選択について、患者と1対1で話を聞いている。

 高椋さんは2003年、乳がんと診断され、大学病院で手術や抗がん剤治療を受けた。自分と同じようにがんになり、それを克服したがん経験者に話を聞きたかったが、身近にいなかった。「3年先、5年先、自分はどうなるのか」。その姿が想像できず、先輩患者を探して、いろいろな場へ出掛けていったという。

 患者ががんを学ぶ場が必要と考えた高椋さんは、当時主治医だった同クリニック院長の濱本隆浩さん(50)らと05年、患者会「あじさいの会」を設立。がんについて勉強したり、悩みや不安を共有する活動をした。

 高椋さんは更に、カウンセリングや乳がんの新しい知識を身に着けようと、NPOなどが主催する講座で学んだ。

 一方、がん患者の気持ちに共感でき、適切なアドバイスができるピアサポーターが必要と考えていた主治医の濱本さんは、11年7月にクリニックを開院したのを機に、医院でのピアサポートを検討。真摯(しんし)に患者支援に取り組んできた高椋さんに打診し、12年4月、クリニックでのピアサポートをスタートした。

 高椋さんは週2回、午前10時~午後5時にクリニックに詰め、主に告知された患者や抗がん剤治療を始める患者の相談を受けている。

 高椋さんは「患者は医師から受けた説明への理解が不十分だったり、治療方法を選びかねたりする時もある。患者と医療者との橋渡しがしたい」と話す。濱本院長は「診療時間は限られ、一方的な説明になることもあるが、高椋さんが間に居ることで患者の不安や疑問を解消し、納得して治療に臨む助けになっている」と評価。「医療施設にピアサポーターが常に居る時代が来てほしい」と話している。

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<復興住宅>「家賃が高い」!? 資料の説明不足で誤解も

 こんなんじゃ払えない--。災害公営住宅(復興住宅)への入居を望む被災者の間で、「高すぎる家賃」への不安が広まっている。実際は被災者が考えるよりも安価なのだが、行政が示した資料が複雑なため誤解を招いているのが要因だ。住民の心労をおもんぱかった説明責任への努力も、自治体ごとに異なる。

 「え、6万円?」。岩手県陸前高田市のパート女性(53)は、市営復興住宅の家賃表を見て、目を疑った。「月額所得」が26万円超の世帯は3DKで6万3700円と書いてある。夫(55)の会社員給与と合わせた月収は32万円。入居3年後には立ち退き義務も生じるという。市の資料からはそう読み取れた。「これでは家を建てるために預金をするのは無理」。小さく記された「扶養者等控除後」の意味は分からなかった。

 「扶養者等控除」。実は、年間の所得額を決める際には各種の控除がある。例えば4人同居の家族なら、世帯主を除いて3人分の114万円。高校生がいれば、1人25万円--が差し引かれる仕組みだが、陸前高田市は「資料が煩雑になる」との理由で補足説明をしていない。

 誤解を招いた第2の要因が「月額所得」の「所得」という表現。月収と勘違いされがちだが、国は必要経費を除いた控除も認めている。年収400万円の会社員なら、年間「所得」は266万円だ。「源泉徴収票」「年金支払通知書」で確認できるが、宮城県山元町は年収額に応じた所得額の計算式も添付した。「被災者の不安に配慮した」という。

 陸前高田市の女性は「最悪、市外に住民票を移そう」とも考えたが、自らの調査で「月額所得」が7万円代と知る。すると家賃は2万2800円だ。「月額所得」については、釜石市のように「政令月収」という用語を使う自治体もあり、被災者にとっては分かりにくい。

 家族構成別や年金暮らし世帯などを対象に家賃の想定例を示した自治体は少なくない。県内各自治体は「不安に思う方は窓口に相談に来てほしい」と呼び掛けている。

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物が飛び交い寺は“戦場”…何でも投げる和歌山の「餅まき」

 「めでたいことがあったら、餅まきや」

 上棟式などで集まった人々に餅を投げ配る「餅まき」。都市部では見かけることが少なくなってきたが、和歌山県では祝い事には欠かせない一大イベントだ。インターネット交流サイト「餅まきの聖地!和歌山の餅まき情報」は県内各地のさまざまな情報で盛り上がりを見せる。餅だけでなく食パンや菓子、インスタントラーメン、果てはタイを投げる地域まであるというから驚き。和歌山県民がこよなく愛する餅まきの魅力とは? (益田暢子)

 ■餅は畳サイズ!

 「けがをしないように注意してくださ~い」。餅まき用のやぐらが組まれた境内にアナウンスが響く。宮司らがやぐらの上から一斉に餅をまくと、参加者は一つでも多くの餅を取ろうと、スーパーの袋をめいっぱいに広げてせめぎ合う。空に飛び交う餅を華麗にキャッチする“空中戦”もあれば、地面に落ちた餅を奪い合う“地上戦”まで、会場はまさに“餅拾い戦場”と化した-。

 11月23日、和歌山市の水門吹上神社で江戸時代から続く伝統行事「牛の舌餅投げ」が行われた。そもそも「牛の舌のように大きい」ことから名付けられた巨大餅は、実は牛の舌どころか畳1枚分の大きさ。江戸時代は社殿の屋根の上からそのまま投げていたというが、さすがに現在は安全性を考慮し、手のひらサイズに切ってから投げている。

 収穫を感謝する新嘗祭で奉納された畳大の餅2枚は住民の手によって切り分けられ、ほかにも大小さまざまな餅計約180キロを用意。その後の様子は前述の通り。壮絶な餅の取り合いが繰り広げられ、餅まき終了後はポリ袋いっぱいの“戦果”を手に晴れ晴れとした表情で神社を後にする参加者の姿が見られた。

 県内一の規模といわれるのが、同市の紀三井寺で毎年春に行われる「初午福つき大投餅(だいとうもち)」。紀三井寺に春を呼ぶとされる恒例行事で、福男たちが無病息災を願い、大小約5千個の餅を投げる。直径1メートルもある特大餅が円盤のように宙を舞うと、善男善女が一斉に手を伸ばす様子は圧巻だ。

 ■県職員が専門サイト立ち上げ

 和歌山県では、餅まきは秋祭りや個人宅の上棟式、初春の「初午」のほか、学園祭や地元のイベントなど県内各地で年中行われている。県内の餅まきに詳しい和歌山県東京事務所次長の林清仁さん(52)は「年に100回以上はあるのでは。西日本を中心に餅まきの伝統はあるが、和歌山は特に盛んだと思う」と胸を張る。

 餅まきを観光資源にできたらおもしろい、と考えた林さんは昨年、インターネット交流サイト・フェイスブックに「餅まきの聖地!和歌山の餅まき情報」を立ち上げた。サイト内の「餅まきカレンダー」には県内で行われる餅まきの日時や詳細が掲載されている。数ある中から一風変わった餅まきを紹介しよう。

 ■断続的に2時間!

 海南市下津町の立神社(たてがみしゃ)で5月3日に開催される春祭りでは、なんと約2時間、断続的に投げ続ける餅まきがある。

 同神社によると「いつから始まったかは分からないが、昔から5~7石の餅を投げてますね」。総量は重さで約1トンあまり。餅は同神社のある仁義(にんぎ)地区だけでなく、近隣地域からも奉納される。商売繁盛などの祈願と個人・会社名などが食紅で書かれた直径40~50センチほどの一斗餅は「昔より小さくなった」というが、直撃を避けて遠巻きに見守る子供や女性とは対照的に、やぐらの近くには“屈強な”男性たちが群がって餅を取り合うのだという。

 「けんかみたいに見えるかもしれませんが、これまで大きなけがはない」(同神社関係者)。最近は地元住民以外も増え、新たな観光スポットとしての期待も高まる。

 ■タイまで投げる?!

 タチウオの漁獲量日本一を誇る有田市の辰ケ浜周辺では、餅まきでタイを投げる風習がある。同市千田の須佐神社で毎年10月14日に行われる「千田(ちだ)祭」では、神前に供えられた6匹の獲れたてのタイを奪い合う「鯛(タイ)投げ神事」が一番の見どころだ。

 地元では「けんか祭り」として知られるこの祭りでは、神輿(みこし)を神社から千田漁港まで運び海中に投げ落とす勇壮な渡御行列の後、漁港に組まれたやぐらの上から、ピチピチのタイを投げるのだという。拾う側は、うろこなどでけがをしないように軍手を着用。タイを手にすると1年間大漁といわれており、タイを受け止めた人の周りには、一気に人が集まり争奪戦に。これが「けんか祭り」と呼ばれる理由だ。最近少なくはなったが、辰ケ浜周辺では個人宅で行われる餅まきでもタイ投げが見られるという。

 ほかにも地域によって、菓子やインスタントラーメン、食パン、肌着など、餅以外に投げるものはさまざま。林さんは「時代の変移に伴い、餅以外にも投げるようになったのでは」と分析している。

 ■手作りエプロンも登場

 「必死に餅を奪い合う姿に衝撃を受けました」と話すのは、田辺市内でコーヒー専門店を経営する芝ゆかりさん(41)。同市の新興住宅地で育ったため、幼い頃は餅まきに参加したことがなかったという。初参加したときは「子供がいても譲り合うことなく奪い合う大人たちの“大人げなさ”にびっくりした」というが、餅を拾ったときの喜びを覚えると、餅まきのとりこになった。現在は自身のブログで餅まきについて発信している。

 芝さんによると、餅まきは田辺市やみなべ町でも盛んで、大量キャッチ用の「餅まきエプロン」まで存在するという。梅の収穫時に使用する大きなポケット付きのエプロンを餅まきに活用しており、みなべ町の農家では「一家に1枚」が基本だ。

 また、どんな会場にも“餅拾い職人”がいるそうで、開始1~2時間前からベストポジションを押さえ、準備運動をする姿も。参加者はより多くの餅を狙うが「拾う数が大事であって、その後は近所におすそ分けすることも多いですよ」と芝さん。

 餅まきとは豊作を感謝して神前などにお供えした餅米で餅をつき、近隣におすそ分けするのが本来のかたち。和歌山では初午に合わせ、厄年の住人がいる家の前で厄除けの餅まきを行う風習もある。どうやら和歌山の餅まきの魅力は、餅を食べることではなく、みんなで集まって拾う行為そのものにあるようだ。

 ■粘り強い地域の絆を

 林さんによると、餅まき文化は山口や岐阜など他府県でも根付いているといい、「他府県と情報交換し、いつか『餅まきサミット』が開催できたら」と夢をふくらませる。

 しかし、和歌山市などの都市部では昔から続く風習が失われつつある。林さんが生まれ育った和歌山市四箇郷地区では数十年前に餅まきの風習が姿を消し、住民の交流も薄れたという。

 林さんは「餅をついたり、寄付を募ったり、餅まきを続けていくには地域住民の協力が不可欠。餅まきが地方に行くほど盛んな理由は、人と人とのつながりが強いことにあると思う」と語る。餅まきは地域の“粘り強さ”を表す指標なのかもしれない。

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