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拉致被害者・松木薫さんの母、スナヨさん死去

 松木スナヨさん(まつき・すなよ=北朝鮮による拉致被害者松木薫さんの母)が11日死去、92歳。通夜、葬儀の日取りは未定。

 薫さんは京都外国語大の大学院生だった80年、スペインのマドリードで行方不明になった。当時26歳だった。スナヨさんは、00年から認知症のため熊本県内の病院に入院、病床から薫さんの帰りを待ち続けていた。88年、同じく欧州で消息を絶っていた石岡亨さんの家族のもとに「有本恵子さん、松木薫さんと平壌で暮らしている」などと記した手紙が届き、拉致が発覚。北朝鮮は02、04年、薫さんのものとされる遺骨を提供したが、その後のDNA鑑定でいずれも別人の骨と判明している。

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佐藤勝巳さん死去 拉致被害者「救う会」の元会長

 佐藤勝巳さん(さとう・かつみ=「北朝鮮に拉致された日本人を救出するための全国協議会〈救う会〉」元会長)が2日、肺炎で死去、84歳。葬儀は近親者で営み、後日「お別れ会」を開く予定。喪主は長男・力(ちから)さん。

 新潟県出身。在日朝鮮人の北朝鮮帰還運動を推進した後、東京都内で日本朝鮮研究所事務局長を務め、改称して現代コリア研究所所長。在日韓国・朝鮮人の人権向上運動や日韓・日朝関係の評論に携わった。北朝鮮による拉致問題を追及し、拉致被害者家族支援のため1998年発足の「救う会」で2008年まで会長。今年11月から脳腫瘍(しゅよう)のため入院していた。

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「できるかな」ゴン太くんの“中の人”井村淳さんが死去

 NHK教育テレビ(Eテレ)で1990年3月まで放送されていた子ども向けの工作番組「できるかな」の人気キャラクター・ゴン太くん役などで知られる人形劇俳優の井村淳さんが、21日に死去したことがわかった。81歳だった。

 井村さんが所属した日本人形劇人協会によると、井村さんは今月中旬に体調不良により入院。一週間ほど入院したが回復せず、敗血症により亡くなった。通夜・葬儀は28日・29日に東京・渋谷区の代々幡斎場にて営まれる。

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ミュンヘンの悲劇から生還 マンU元主将フォルケス氏が死去

 イングランド・プレミアリーグ、マンチェスター・ユナイテッドは25日、1958年に選手8人を含む23人が死亡した飛行機事故「ミュンヘンの悲劇」から生還した元主将のビル・フォルケス氏が81歳で死去したと発表した。死因は公表されていない。

 フォルケス氏は52年に(当時のFA1部リーグ)デビューし、DFとして活躍。54年には代表入りも果たした。クラブ歴代4位の688試合に出場した(フォルケス以上の出場試合数を記録しているのは、ライアン・ギグス、サー・ボビー・チャールトン、ポール・スコールズの3人だけ)。

 58年にベオグラードでの試合からの帰路、ボビー・チャールトンらと搭乗した航空機が西ドイツ(当時)のミュンヘンの空港で大破する事故に遭遇。この事故で多くのチームメートを失っている。

 マンチェスター・ユナイテッドのエド・ウッドワード上級副会長はホームページで「ビルは戦後のマンチェスター・ユナイテッドにとって欠かせない存在だった。印象深いのはミュンヘンの悲劇から50年後にモスクワで行われたチャンピオンズリーグ決勝。ビルの功績は一生忘れられることはない。クラブのディレクター、プレーヤー、スタッフ、それにファンは、ビルのご遺族と共にいる」と追悼コメントを発表している。

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<訃報>大蔵拓也さん29歳 車椅子で日本縦断、骨肉腫悪化

 「車椅子で日本縦断」に挑戦中に倒れて入院後、療養していた那須塩原市横林の元県職員、大蔵拓也(おおくら・たくや)さんが8日、病気のため死去した。29歳。通夜は10日午後5時半、葬儀は11日午後0時半、那須塩原市三島4の34の2の山木屋西那須野斎場。喪主は母康子(やすこ)さん。

 大蔵さんは、骨肉腫に見舞われ、17歳から車椅子生活を送る中で、日本縦断を計画した。2006年8月に北海道・宗谷岬を出発。沖縄・波照間島のゴールを目指し、夏休みを使って野宿などをしながら断続的に車椅子を走らせた。

 今年は8月11日に富山県から出発したが、間もなく体調が悪化して緊急入院。病状の悪化で、余命は年内か半年と宣告を受けた。

 このため、サポート役で同行していた友人の八木諒平さん(26)=新潟県、作業療法士=ら3人が代走し、先月10日、波照間島にたどり着いた。夢だった自力でのゴールは果たせなかったものの、八木さんたちのゴールの報告を喜んだ。

 そして同19日、報告のために病室を訪れた八木さんたちと握手を交わし、北海道から沖縄まで運ばれたフラッグに「ありがとう」と書き込んだばかりだった。

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