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究極の勉強思考

人は子供の頃から親や友達、先生など様々な人から様々な影響を受けながら成長します。人は若ければ若いほど頭が柔らかくて変わりやすいので子供という時期は非常に重要です。つまりこの時期に優秀な正しい思考を脳に植え付けると将来才能を発揮出来ます。勉強もまさにその通りです。若いうちに優れた知識や考え方を植え付けて、大学や大学院に入ったときに人よりも速くかつ正確に課題を終えてテストでもトップになって最後には自分の最終目標に達成できる。

さて、知識と思考と述べましたがまず知識から話してみたいと思います。

果たしてどういう知識が一番いいのか。今日本の学校では数学、国語、理科、社会、英語などがありますがほとんどの人は少なくても一つ以上は苦手な科目があると思います。これを克服しなければいけないとうのは普通の人の考えですが、私はそれに同意できません。苦手というのはまずそれを本心から好きになってない証拠だと思います。本当に好きであれば先生に指示されなくてもやるはずです。だとしたらやっぱり自分の最終目標に必要とする科目をまず先に完璧にした方がいいです。つまり、今ある時間を無駄なくつかって一歩でも夢に近づいて可能性を上げるべきです。そして時間があまったら苦手科目を勉強してもいいですけど、やっぱり無理して勉強すると脳が拒絶して結局時間が経てば忘れて以前の努力が無駄になります。ただテストのために勉強するのは本当に意味がないことだと思います。まあでもまったく苦手科目の勉強をするなとは言ってません、過度の勉強はするなということです(苦手科目でも多少の知識は今後には必要です)。

今日はここまでにしますが今回一番言いたかったことは勉強はすべて自分の夢の為です、それ以外のことを勉強しても人生という長い道のりの途中までは成功するかもしれませんが最終的な目標にはたどり着けません。なのでこれで少しでも理解できてもらえればうれしいです。

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体罰問題の根底「古き良き日本が失われたから」と王貞治氏

王貞治氏は今も次代を担う子供たちや若者の指導に汗を流している。不滅の大記録を打ち立てた同氏が、今でも純粋に「野球」と向き合い、走り続けているのは何故か。そこには古き良き日本への思いがあった。以下、王氏が語る。

 * * *
 12月に母校、早稲田実業高等部の忘年会が開かれた。第29回選抜高校野球大会の優勝を記念した「紫紺会」だ。

 当時16歳だった連中が今では73歳。お互いに自由な時間が持てるようになってくると、昔が懐かしくなってね。レギュラーだった連中も、そうじゃない連中も一緒になって、「あの時はしんどかったね」、「あんたにはよく殴られたねェ」なんて笑って話すんですよ。

 今の時代は「殴られた」なんていうと、すぐ暴力だといわれてしまうけど、当時はそんなこと思いませんでした。

 一緒にきつい練習をして、同じ目標に向かって頑張っている仲間同士。何度も何度も練習したのにどうしてできないんだという思いで、「甲子園に行くという夢を叶えるためには」と、先輩が後輩に手を出すことがあった。そうすると後輩としても、申し訳ないという思いがあるから、憎いとか、仕返ししてやろうなんて思わないですよ。

 確かに余所から見ている第三者からすれば、暴力に変わりはないのかもしれません。でも当事者の間には、意思の疎通というか、血の通ったところがあった。日頃の人間関係があるから受け入れられたし、周りの人も好意的だった時代でした。

 選手同士で殴り合いの喧嘩をしても、近所の人が止めてくれて、何事もなかったようにしてくれたし、「お父さんやお母さんには転んだといえ」なんてアドバイスもくれた。家でも、お前に悪い所があったから殴られたんだといわれるような時代だったからね。

 それが今は、何の関係もない外部から騒がれたりして、心の繋がりを作ろうにも全部、ブツブツと切られてしまうでしょう。とても難しい時代になっています。

 僕なんかは、当事者同士に任せておけばいいじゃないかと思うんです。起きた現象だけで、関係ない人にまで色々いわれることで、昔から日本にあった“良さ”みたいなものが切れるようになってしまった。

 昔はお爺ちゃんお婆ちゃん、両親、そして先輩といった目上の人が、若い者に伝えていく……そして自分がその立場になったら同じように伝えるという、“日本的な良さ”があったんですよ。

 それがいつの間にか教えなくなり、教えないから教わらなくなった。教わる気がないから、何かいわれると説教されているとか、小言をいわれているようにとってしまう。若い人にとって、不幸な状況です。

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「ゆとり教育」は間違いではなかった

もし、分数ができない大学生がいたとしたら、それはゆとり教育の問題ではない。分数はゆとり教育でもやっていたから。問題はその根底に横たわる、「問題を解くことができる」という学習内容の「習熟」を拒否した(と現場の教師たちに受け取られかねない)「新学力観」である。この「新学力観」は、「習熟」よりも「興味・感心・意欲」に重きをおき、やる気があればいいんだ、という価値観を教育業界に持ち込んだ。それ以上に問題だったのが、漢字や計算等の習熟はつめこみだからいけないという風潮を蔓延させたことである。
なにを言っているのか分からない方も多いだろう。「新学力観」とは、「真っ白なところから解き方を考えさせる」という耳に心地よいコンセプトではあるが、これは曲者である。学力が平均もしくは平均以下の児童生徒に、算数でいう定義を発見せよという崇高な課題を提示したからだ。また、ディベートのような学習形態も見ている方は子どもたちの懸命のやりとりに少なからず感動をする。だが、試験をしてみると、九九はおぼつかない、くり上がり・くり下がりはできない、通分・約分はできないという事態になる。「解き方を暗記して繰り返す」のは、「旧学力観」だからだ。

「社会の急速な変化が既習内容をすぐに古いものにしてしまう」という問題意識から出発した「新学力観」ではあったが、九九を「発見」することに地道を上げ、九九を「習得」するということを軽く扱ってしまってよかったのだろうか。九九など基本的な算術が使えないことは、就業者として致命的ではないだろうか。(もちろん、家庭では公文式などに通わせることによってこれに対応したが、少なからぬ現場の教師からは、公文式は本質的な理解ではないと不興を買っている)

たしかに、あるレベル以上では、公文式は役にたたないだろう。私が問題だと思うのは、「古い既習内容」と切り捨て、通常の労働者となるべく子どもたちが身につけるべき技能を身につけさせないまま、社会に放りだしてしまったという点だ。(今は22歳までそのことに気付かないでいられるある意味で幸せな社会でもある)クリエイティブな発想はますます必要だ。しかしそれを全員に求めるのはいかがなものか。

私は「ゆとり教育」自体はよかったと思っている。「つめこみ」で消化不良を起こしてしまっていた世代も確かにあるのだ。よほどの仕事でない限り、「集合」など使わない。「集合」を小学校でつめこもうとした世代もあったのだ。実際に教育現場を見ると、教師はどうしても「できない子」に引っ張られる。小学校も高学年になればクラスの多数が勉強を理解してないということもありえる。となると、授業の進捗に大きな影響を与える。上の子だけを見ている教師などまずいないのだ。心情的にも、学級の運営的にも。成績下位の子を手当をしながら、上位の子どもにも適当な課題を見繕ってあげる「ゆとり」があったほうがいいと思うからだ。

「ゆとり教育」は転換された。問題は、教育委員会や現場の教師が「ゆとり教育」だけでなく、「新学力観」も捨て去られたと認識していないことだ。分厚くなってしまった教科書を、「新学力観」で指導すれば、どういった結果を招くかは、ここまで読まれた方々にはおわかりになるのではないだろうか。「教科書が厚すぎて終わらない」消化不良になるのは目に見えている。

数年のうちに、「新学力観」が淘汰され、かつての「旧学力観」と「新学力観」がバランスよくミックスされた授業が定着していくことを願っている。

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7月1日に挿入される「うるう秒」とは? 1日の長さは,実は日々変化している

2012年7月1日,3年半ぶりにうるう秒の調整が行われる。午前8時59分59秒のあとに,「8時59分60秒」が挿入され,この日は1秒長くなる。うるう年は4年に1度と決まっているが,うるう秒は不定期だ。1日の長さは,季節によって増減したり,地震で変化したりと比較的はげしく変動しているという。1日の長さはどんな要因で,どのようにかわるのだろうか。

 地球は約24時間で1回転する。うるう秒の調整は,この地球の自転に基づく時刻と,高精度の原子時計に基づく時刻とのずれを0.9秒の範囲内におさめる目的で実施される。調整された時刻が世界の標準時(協定世界時)として使われる。うるう秒の実施は,国際機関(IERS)が決定して,世界でいっせいに行われる。

■ 1日の長さは徐々に長くなっている
 地球の自転の速度は,何億年という長いスケールで見ると,徐々に遅くなっている。地球が誕生したころ,自転の周期(1日の長さ)は5時間程度だったとされている。回転が遅くなっている原因は,主に「潮汐摩擦」によると考えられている。潮汐摩擦とは,潮の満ち引きによって海水と海底の間におきる摩擦をさす。この摩擦が地球の自転にブレーキをかけているのだ。

 しかし自転の速度は,一定の割合で遅くなっているわけではない。短いスケールで見ると,遅くなったり早くなったりをくりかえしている。1日の長さは日々ちがうのだ。それはなぜだろうか。

■ 風や海流の動きが1日の長さをかえる
 地球の表面はかたい岩盤「地殻」でおおわれ,その下には「マントル」が存在する。この固体の地殻とマントルが回転することが自転である。地殻の上には大気や海流が循環し,マントルの下には対流する「核」(外核)が存在する。これらの流れが地殻やマントルと相互作用することで自転の速度がかわるのだという。

 たとえば,自転とは逆向きに強い風がふいて山(地殻)にぶつかると,自転速度が遅くなる。流れる核とマントルの間におきる摩擦によって自転速度が遅くなるといったぐあいだ。

 風や海流などの影響のため,自転の速度は,季節によっても変化する。7月ごろに最も速度が速く(1日が短く)なり,4月や11月ごろに最も遅く(1日の長さは長く)なるという。

■ 巨大地震の発生でも1日の長さはかわる
 ほかにも1日の長さが変化する要因はある。2011年3月,NASA(アメリカ航空宇宙局)の研究者が,東北地方太平洋沖地震の影響で100万分の1.8秒(1.8マイクロ秒),自転の速度が速くなったとする計算結果を発表した。

 なぜ地震で速度がかわるのか。測地学が専門の京都大学の福田洋一教授は「地震によって地球の質量分布がかわると,自転速度が変化するのです」と解説する。地震で岩盤がずれると,地球の質量の分布が微妙に変化するのだ。

 フィギュアスケート選手の動きを例に考えてみよう。選手が回転するとき,腕を体にひきよせると回転が速くなり,腕を水平にのばすと回転が遅くなる。体と腕の距離で速度がかわるのだ。同様に,地震や海流などによって地球の質量分布が変化すると,自転速度に影響するのである。

 自転の速度(1日の長さ)は,地球規模でこれらの現象が複雑に影響をあたえ,変化している。そのため,「1日の長さを将来にわたって予測するのは,今の技術では不可能でしょう」(福田教授)。将来,うるう秒の調整がいつ必要になるのかはだれにもわからないのである。

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正義とは何か―コンプガチャ問題

この1カ月間、世間では「コンプガチャ問題」に注目が集まっていました。コンプガチャとは有料の「ガチャ」で集めたカードを組み合わせるとレアカードがもらえるという仕組みですが、消費者庁による「コンプガチャは景品表示法で禁止されている『カード合わせ(2種類以上のカードなどを集めることで景品類を提供する)』に該当する」という正式見解によって、この問題は収束の方向に向かっています。これらの見解を受けて、既にグリーやDeNAもコンプガチャを廃止する方針を打ち出しています。

尚、コンプガチャではなく通常の「ガチャ」はカード合わせには該当しないため、消費者庁は何も言及していませんし、現在もグリーやDeNAからガチャ自体を廃止する方針は打ち出されていません。また、カード合わせとは上記のように「2種類以上のカードを集める」ことなので、例えば「1種類のカードを10枚集めるとレアカードがもらえる」ならば景表法には引っかかりません。いわば「銀のキョロちゃんマークを5枚集めておもちゃの缶詰をもらえる」仕組みです。そう考えると、今回はコンプガチャ自体が「カード合わせ」に該当したから良かったものの、もしコンプガチャが「銀のキョロちゃん」方式だったのであれば、消費者庁はグリーやDeNAを止めることができなかったわけです。

この一連の騒動のなかで僕が物申したいのは「法律で禁止されているものはやらない、禁止されていないことはやる」という各経営者のマインドセットに対してです。もちろん企業として法令順守が重要であることは間違いありません。しかし「法律で禁止されているか否か」という判断軸で物事を考えて判断を下すのは果たして「正しい姿」なのでしょうか?

景品表示法でカード合わせを禁じた理由は、その行為自体に問題があるわけではありません。その理由は、子供の射幸心を必要以上に煽って大金を浪費させるという「悪の結果」を避けるためであって、カード合わせがこのような悪の結果を助長しやすい「原因」となる可能性が高いため、です。そう考えれば、グリーやDeNAの経営者が担っている責任は、法律で禁止されている一部の「原因」を避けることだけではありません。子供に大金を消費させるという「悪の結果」を避けること、これが彼ら経営陣、そして全ての大人に課せられている責任なのです。コンプガチャは廃止するものの通常のガチャは続けて、子供からお金を巻き上げ続けるのはどう考えても「正しく」ありません。

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