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「よく覚えとけ。現実は正解なんだ。」立川談志49歳のことばが身にしみる

3月の新刊『君の歳にあの偉人は何を語ったか』で

一番好きなエピソードが立川談志のこのエピソード。

実はあんまり年齢は関係ないのだけど49歳の達観した哲学が心に染みます。



今回はこの項目をご紹介します。(ほぼ転載)







「よく覚えとけ。現実は正解なんだ。

 時代が悪いの、世の中がおかしいと云ったところで仕方ない。

 現実は事実だ」(立川談志/49歳)





■嫉妬しても何も状況は変わらない



何をやってもうまくいく人がいる。

要領がよく、周囲からも何かと気に入られるような人だ。

明らかに自分のほうが頑張っているし、結果も出している。

なのに、注目されるのはいつもアイツ。

そんなときに、思わず芽生えてしまう感情が「嫉妬」である。



「実力者に気に入られているから」

「たまたま運よく結果が出ただけだろう」

「本当は自分のほうが……」

など、自分より前を走っている人を見ると思わずそんなことも言いたくなってしまう。



立川談志の弟子である立川談春は、

立川志らくが入門してきたときに、まさにそんな感情を抱いていた。



志らくは入門当初から談志に気に入られており、こんなことまで言われている。

「あのな、今度来た志らくは変な奴だぞ。毎晩俺の夢に出てくるんだ。こんな弟子は初めてだ」



一方の談春は、17歳のときに高校を中退して談志に弟子入り。

志らくよりもキャリアは1年半、上回っている。

厳しい修業に耐え続ける日々を考えれば、

落語の世界での1年半は決して短い年月ではない。



この頃も「魚河岸で働いて、礼儀作法からみっちり身につけて来い!」という談志の突然の思いつきで、

弟子はみな築地市場で働かされていた。



実に1年にも及んだこの修業を、志らくも入門時に談志から命じられた。

だが、志らくは、あっさりと断ってしまう。

普通なら怒りを買うところだが、志らくの場合はそこがまた気に入られてしまい、

談志はうれしそうにこう言って、談春を嫉妬させた。



「河岸へ行って修業してこいって云ったら、野郎、嫌ですって云いやがンだ。

 じゃあクビだって云ったら、クビも嫌ですとよ。両方嫌じゃしょうがねェよナ。

 それじゃウチに入るかと聞いたら、はいって涼しい顔してやがる。変なヤツだぞ」



談春が兄弟子として注意しても

「私は、自分のしたくないことは、絶対にしたくないんです。師匠はわかってくれています」

と平然と答える志らく。

会社で言えばまさに生意気な新人そのものである。

扱いづらいうえに、上に認められているところが、タチが悪い。



そんなある日、談志は談春の胸中を見透かして、「お前に嫉妬とは何か教えてやる」と言って、

次のように説いている。談志、49歳のときの言葉だ。



「己が努力、行動を起こさずに対象となる人間の弱みを口であげつらって、

 自分のレベルまで下げる行為、これを嫉妬と云うんです。



 一緒になって同意してくれる仲間がいれば更に自分は安定する。

 本来なら相手に並び、抜くための行動、生活を送ればそれで解決するんだ。

 しかし人間はなかなかそれができない。嫉妬している方が楽だからな。

 芸人なんぞそういう輩のかたまりみたいなもんだ。

 だがそんなことで状況は何も変わらない」



嫉妬に陥ると、つい相手の実力にケチをつけたくなるものだ。

しかし、相手の評判を貶めたところで空しいだけ。

本当に悔しければ、とるべき行動は別にあるはずだ。



談志にそう指摘された談春は、それ以来、志らくとできるだけつるむようになった。

そして志らくの意外なまでの古典落語への愛情、そしてその圧倒的な覚えの早さに舌を巻いたのである。

結局、志らくは談春よりも早く、真打ちへと昇格。

談春は自ら名乗り出て、志らくの真打ち昇格パーティの司会を務めた。

後輩が自分を抜くパーティを、自らが司会をして祝う――。

自分を追い込むような行動に、談志もそれを聞いたときは思わず黙ってしまったという。




■「現実は正しい」ことから目を逸らさない



談志自身も真打ちになるには、苦労をした過去があった。

5代目柳家小さんに弟子入りしたのは16歳のとき。

早々と落語界で生きていくことを決め、抜群の実力を誇りながらも、

真打ちになったのは入門から11年目、27歳のときと遅かった。

自分よりも後に入った者が不可解な基準で、自分より先に真打ちになり、悔しい思いもしてきた。

志らくに抜かれた談春の気持ちもまた、痛いほどよくわかったはずだ。

先に談春に語った「嫉妬論」も、自らに言い聞かせていたものかもしれない。



嫉妬について語った後、談志はさらに次のように続けた。



「よく覚えとけ。現実は正解なんだ。

 時代が悪いの、世の中がおかしいと云ったところで仕方ない。

 現実は事実だ。

 そして現状を理解、分析してみろ。

 そこにはきっと、何故そうなったかという原因があるんだ。

 現状を認識して把握したら処理すりゃいいんだ。

 その行動を起こせない奴を俺の基準で馬鹿と云う」



毒舌や破天荒な行動で世間を騒がせることも多かった立川談志だが、真剣に話すことはしごく真っ当である。

現実の評価を軽んじても、何も進歩がないと談志は考えていた。



君が今置かれている状況や、これから起こりうる事態において、納得いかないこともあるだろう。

「こんなはずじゃない」「きっちりと評価さえしてもらえれば」

という気持ちにもなるかもしれない。

しかし、現実の状況はすべて自分の行動が作り出したもの、ということを忘れてはならない。

ほかの誰でもない自分が歩んできた人生。

起きていることの原因はすべて自分自身にある。

逃げずに、現状分析すること。

そして問題点を解決するための対策を考えて、それを実行していくこと。

自分のやるべきことが見えてくれば、他人の足を引っ張る暇など、まるでないことに気づかされるだろう。





49歳の立川談志は僕らにきっとこういうだろう。

「起きていることすべての原因は自分にある。問題点を分析して、具体的な行動に移せ」と。





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大人になって知った厳しい現実

うぅ…現実は厳しすぎる!! “大人”になって初めてわかったこと

子供の頃は無邪気に「はやくおとなになりたいなぁ」なんて願っていたもの。大人ってなんだかかっこ良くて、素敵で、自由で……なんて……うそつきー!
今回は子供の頃には予想もしなかった“大人”になって初めてわかったことをご紹介(紹介するまでもなく、しみじみ感じているかもしれませんが、とにかく)します。

見知らぬ子供に「おばさん」と呼ばれる
20代も後半にさしかかれば「お姉さん」から「おばさん」への悲しい移行期。スッピンで出かけたりすれば“おばさん認識率”は急上昇。私たちが子供の頃「おばさん」と呼んでいた人達って意外と若かったんでしょうか? ちなみに筆者は「おばさん」と呼ばれても返事をしないと心に決めています。みなさんも一緒にレジスタンスしましょう! SAY NO MOREおばさん!

大学を卒業したら、友達を作るのは難しい
子供の頃はクラスが一緒だったり、塾が一緒だっただけですぐに友達になれたのに、大人になればなるほど“知り合い”が増えるばかり……。人間関係のほとんどは建前で、なかなか信頼できる友達を見つけることは難しくなります。

物事を決める決め手は「お金」
子供の頃は「大人になったらもっと自由に、何でも自分の好きなことを選べる!」なんて思っていたのに、大人になるにつれどんどん決め手に「お金」の要素が忍び寄ってきます。「この服が欲しい」→「でも値段が……」。「この人と結婚しようかしら」→「年収が」なんて、どんどん本来の希望とは違うものを選ぶように。今思えば子供の方がずっと選択の幅が広かったかも。

二日酔いは一日中続く
「せっかくのお休みなのに、どうしてパパはねてばっかりなの? どうぶつえん行くってゆびきりしたのにー!」なんて昔は怒っていましたが、今なら痛いほどにその気持ちがわかります。あー、もうわかったから、とにかく大きな声出さないで……来週絶対行くから……。

子供のころ思っていたほど、“大人”は大人じゃない
子供の頃は「なんだか自分の知らない世界を知っているすごい人達」なんて思っていましたが、まさに“三つ子の魂百まで” 。今だにポテトチップスの袋に手を突っ込みながらだらだらテレビを見たり、歯磨きせずに寝たり、締め切りぎりぎりまで仕事を先延ばししたり。背が伸びて、おっぱいがちょっと膨らんだくらいで、中身はそんなに変わっていないかも。

サンタクロースは存在しない
でもサンタクロースの苦労はしみじみとわかるようになりました。ありがとう、我が家のサンタさん! メリークリスマス!

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難病の現実 注射1本130万円…小さな体に重すぎる負担

 患者数が極度に少なく、これまで支援の手が届かなかった難病患者を救おうと、厚労省は27年1月の導入に向け、新制度の法制化を急いでいる。難病患者の現実を追った。

 朝起きるとまず最初にすることは、まだ3歳にもならないわが子に注射を打つことだった。夫婦で手足を押さえつけて皮下注射をする。薬はドロリと粘りがあり、激痛が走る。

 免疫を抑える効果がある関節リウマチ薬「アナキンラ」。国の承認がなく、個人輸入すれば月10万~20万円もする希少薬だ。横浜市の小学3年、戸根川貴理(きり)ちゃん(8)は小さい頃から、この薬がなければ自分の力で立つことすらできなかった。

 母の理登(りと)さん(41)はいう。「薬が手に入らなくなったら、効かなくなったらどうしようといつも不安だった。この子の痛みをどうやって消せばいいのだろう」と。

 貴理ちゃんが抱えるのは「クリオピリン周期熱症候群(CAPS)」。乳幼児期に発症し、激しい高熱や炎症を繰り返す。患者は全国でも50人ほど。本来ならウイルスや細菌に対抗すべき免疫が過剰に働いて自分を攻撃し、弱視や難聴、歩行困難に陥る。

 ◆効果てきめん

 貴理ちゃんはこれを1歳になってまもなく発症した。母乳すら飲めず、鼻からチューブを入れて栄養をとった。「この子はこのまま消えちゃうんじゃないか」。入院先の病室でわが子を抱え、涙が止まらなくなったこともあるという。

 治療法はおろか、病名も分からないまま病院を転々とし、2歳になったころ、炎症でひざが腫れ上がる特有の症状が出てCAPSと分かり、アナキンラの存在を知った。本来は関節リウマチの薬で国内では未承認だったが、症状を抑える効果があると聞き、医師を通じて海外から取り寄せた。

 効果はてきめんだった。投薬から3日後。面会に行くと、それまでぐったりしたまま動けなかった貴理ちゃんが、ベッドの柵につかまり立ちしていた。

 「医師も看護師も、病院中が『立った』と大騒ぎになった」。2歳8カ月。貴理ちゃんが生まれて初めて立った瞬間だった。

 ◆治療を断念も

 「症状を抑える薬があるのに、お金の問題であきらめてしまう。これほど残酷なことはない」と理登さんは訴える。平成23年には別の治療薬「イラリス」が国内で承認を受けた。1日1回の投与が必要だったアナキンラに対し、イラリスはおおむね1カ月に1回で済む。ただ、患者が少なく薬の希少性が高いため、1回の注射にかかる費用は約130万円。高額療養費制度が使えるとはいえ、定期的な接種が与える負担は小さくない。

 親子でCAPSを患う京都府の患者は、30代の息子に薬を与えるため、50代の父が治療をあきらめてしまった。症状が悪化し、いまは相当の難聴が進んでいるという。

 貴理ちゃんの父、聡さん(42)は20年に患者・家族会を立ち上げ、CAPSを難病に指定し、医療費の助成をしてくれるよう厚生労働省への陳情を繰り返してきた。しかし答えは「ノー」。「いまは制度の見直し中なので、もう少し待ってほしい」と繰り返された。

 国が難病とする56疾患については、重症者の医療費の自己負担分が無料になるなど手厚い支援があった。だが、そこから漏れたCAPS患者への支援はない。不公平感を感じた。

 「患者が少なく、重篤で治療法がなく、一生涯にわたって症状が続く。同じ難病の条件は満たしているのになぜ認められないのか。お金の問題だけではない。困っているのに支援を受けられない。そのことが悲しい」と聡さんはいう。

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要人の暗殺事件が相次ぐチュニジアの厳しい現実を取材しました。

2010年の末から始まった、アラブの春の発端となったチュニジアでは、民主化のイメージとはほど遠く、2013年に入っても、要人の暗殺事件が相次ぎました。
その厳しい現実を取材しました。

地中海に面した北アフリカのチュニジア。
国土面積は、北海道のおよそ2倍で、人口は1,000万人余り。
首都チュニスの中心部は、一見平穏に見える。
しかし、中心部の大通り、ブルギバ通りでは、鉄条網が敷かれていた。
中心部の広場に、座り込みをしたり、デモをしたりするということで、それを禁止するために、政府が鉄条網を敷いている。
市内の一角では、市民らによる集会が開かれていた。
集会参加者は「国が駄目になっている。わたしたちのチュニジアはもうここにはない」、「与党支持者はぜいたくに暮らせるが、そのほかは飢えて貧しい」などと話した。
民主化運動で、23年にわたる独裁政権が倒れた後、与党となり、政権を握ったのは、穏健派とされるイスラム政党。
しかし、この新政府は、治安や失業率の悪化、物価上昇、政府・与党の腐敗などを改善できず、国民の不満は高まった。
こうした中、2013年2月、さらに混乱を広げる事件が起きた。
デモ参加者は「犯罪者! ファシスト! 殺人犯」と話した。
それは、与党批判の先頭に立っていた最大野党の党首の暗殺。
葬儀は、暗殺への抗議デモと変わり、市民の不満と相まって、一部では暴動に発展した。
政府・与党への批判は高まったが、7月に、もう1人の野党指導者が暗殺される事態になった。
朝、自宅を出たところ、バイクで近づいた2人組から銃撃され死亡、待ち伏せされていたという。
立て続けに2人の暗殺が起きているが、今も50人の暗殺リストがあるといわれている。
現政権に、批判したり、あるいは対立したり、政治家だけではなく、ジャーナリストも含まれているという。
暗殺リストに名前が載っているというジエド・エルヘニ氏は、新聞社の解説委員で、テレビのコメンテーターもこなすジャーナリスト。
自身が暗殺リストに載っていると、当局から告げられたという。
暗殺を行っているのは誰なのか。
ジエド・エルヘニ氏は「現在、ある証拠によると、実行犯はサラフィスト組織だと考えられています」と話した。
サラフィストとは、急進的なイスラム保守主義者たち。
その中でも、最も暴力的とされる集団が、アンサールシャリーア。
政府は、野党指導者の暗殺を、アンサールシャリーアの犯行と断定した。
しかし、ジエド氏は「今の政府は、テロリストを助長したばかりか、関与していると思います」と話した。
政府は今、各所に武装した治安部隊を配置し、テロの防止と抑え込みに動いている。
しかし一方で、「アンサールシャリーアと、イスラム政党である与党の一部には関係がある」との見方もある。
アンサールシャリーアの指導者は「チュニジアはイスラムの地。近くイスラムによって統治される地となるだろう」と語った。
アンサールシャリーアは、かつては政治犯として投獄されていたが、アラブの春によって釈放された、イスラム主義者が母体になったといわれている。
組織は、失業問題など、社会不満を吸収し、勢力を拡大。
メンバーは10万人ともいわれ、いまや、政府・与党も抑え込みに苦慮する勢力になっている。
さらに、野党指導者を暗殺した実行犯の拘束もできておらず、その批判の矛先も、政府・与党へと向かった。
圧政からの解放を目指した民主化運動。
チュニジアのアラブの春は、人々が望む成果を結実できるのだろうか。

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ミャンマー現地ルポ 駐在員が語る甘くない現実

■ストライキ、従業員との意思疎通、文化への理解、停電……既出企業の経験から分かること

 「日本語を喋ることができる人のなかでは、ガイドの仕事を選ぶケースが増えてきました」

 ある日本企業のヤンゴン事務所で働く女性が教えてくれた。会社で働くよりも、ガイドの方が収入は良いという。日本企業がミャンマーに殺到している影響だ。なかでも「ほぼ100%、ミンガラドン工業団地とティラワの経済特別区予定地は訪れます」と、現地のガイドさんが教えてくれた。

 過熱する一方のミャンマー詣でだが、「企業が投資を行うには、まだ課題の多い国である」との声も多い」。ミャンマーに限らず、海外に出れば事業が上手くいくというほど甘いものではない。「実態はどうなのか?」、ミャンマーに進出している企業の元を訪ねた。

■ストライキの嵐に見舞われる

 1998年に開設されたミンガラドン工業団地は、ヤンゴン市のダウンタウンから自動車で50分の場所にある。テナントは食品製造、電気電子部品製造などもあるが、最も多いのは縫製業だ。ここに縫製工場を持つマツオカコーポレーション(広島県福山市)。売上高約280億円(2012年3月期)のうち約112億円が海外。90年に中国に進出したのを皮切りに、02年にミャンマー、04年にはバングラデシュに進出した。現在では中国に7工場、ミャンマーとバングラに2工場ずつあり、国内工場は99年に閉鎖した。

 海外進出の背景について松岡典之社長はこう説明する。「当時、縫製業は日本国内では斜陽産業となり、人の確保が難しくなっていた」。一方で、中国では花形産業として捉えられていた。しかし、急速に発展する中国も「すぐに賃金などコストが上昇することが予想されたため、新天地を探す必要が出てきた」(松岡氏)。そこで選んだのがミャンマーだった。ミャンマーを選んだ理由の一つに「韓国勢が地ならししてくれていたこと」(同)がある。韓国は92年まで“世界の工場”中国と国交がなかった影響もあり、いち早くミャンマーやバングラに進出していた。

 現在ミャンマーでは、2工場で2000人の従業員を抱えている。生地などの原材料を持ち込み、加工して衣料として持ち出すCMP(Cutting Making and Packing)という形態で事業を行っている。主な製品は、スラックスパンツ、カジュアル、作業着など。

 工業団地に着いたのは14時前。メインストリートの両脇にある芝生の植え込みや木立の下で女性たちが座っているのが目に付いた。出迎えてくれたのは、現地社長の崎谷俊一氏。

 「皆さん、ランチの時間ですか?」

 「お昼には少し遅いですよ。あれは、ストライキなんです。もう15日目です」

 と、崎谷氏は教えてくれた。

 ストライキを起こしているのは、向かいにある日系企業の縫製工場だ。民主化の影響で権利意識を持ちはじめたことや、これまでなかった労働組合法が整備された影響もある。ただ、最も大きな原因は5月に公務員の給与が3万チャット(3000円)上げられたことだ。

 ミャンマーに在住して25年。日本人で最も現地に精通しているといわれる大丸興業ヤンゴン事務所長池谷修氏も「かつてこんなストライキがあったことはない」というほど、大規模に広がりをみせている。

■従業員への配慮は欠かせない

 マツオカでも、今回の騒動を受けて従業員との話し合いの場を設け、一部賃上げの要求に応えたという。現在、平均賃金は7万5000チャットほどだ。

 一口に縫製業は労働集約型産業と言われるが、生地の検反、裁断用の厚紙作成、生地の柄合わせ、裁断、縫製、検査、梱包と、人が手をかけないとできない作業が多い。安く人を使うという発想だけでは生産性も上がらないし、品質にも関わる。だからこそ、従業員への配慮は欠かせない。

 電力供給が不安定なことばかりではなく、コストの問題もあって、一部の作業場を除いてエアコンはない。そのため「『私もみんなと一緒』ということを見せないと駄目です」と崎谷氏は、社長室のエアコンを点けていない。それでも、従業員の作業効率を下げてはならないと、100万円かけて換気扇を設置した。さらには、昼食で肉料理を出す日を1日増やす、意見箱を設ける……。崎谷氏の口からは、従業員に対しての細やかな配慮の施策がいくつも出てくる。

 90年代後半から欧米はミャンマーに対する経済制裁を開始しており、進出に際してマツオカは大きなリスクをとった格好だ。ミャンマー工場の売上は中国工場の17分の1程度。まだ小さな規模だが、政治リスク、為替リスクなどに業績が左右されるなか、10年目にしてやっと利益を出すことができたという。「今後のミャンマーは市場としても大きくなってくれるはずです」と松岡氏は期待を込める。

 取材した駐在員の多くは「あまりの日本企業の過熱ぶりが心配だ」と不安を隠さない。現地で悪戦苦闘する彼らだからこそ、その言葉には重みがある。最後のフロンティア――。この言葉の裏側に潜むリスクにも、ミャンマー進出を検討する日本企業は目を向ける必要がある。

※以上の記事は、WEDGE8月号特集の第1部です。

◆WEDGE8月号特集『加熱するミャンマー詣で』
http://wedge.ismedia.jp/articles/-/2073
◎在緬駐在員が語る甘くない現実 マツオカ、マニー、高政、NTTデータ
◎日本の突破口となる ティラワ経済特別区
◎売れ筋から予感 巨大市場への可能性 ダイソー、日立、日本車
◎時給10円 カレー1杯200円
◎地場産業の育成が自立への道 農業近代化、天然ガス、ワイン

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