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シャロン・イスラエル元首相死去 華麗な軍歴と虐殺の悪名

イスラエルのシャロン元首相には、華麗な軍歴とともに、国防相在任中だった1982年のレバノン侵攻の際に起きたパレスチナ難民虐殺事件などをめぐる悪名もつきまとった。

 英国委任統治下のパレスチナで生まれたシャロン氏は14歳でイスラエル国防軍の前身であるハガナに入隊し、48年の独立戦争(第1次中東戦争)にも参加した。50年代には特殊部隊を率いて、ガザ地区を拠点とするパレスチナ武装勢力に対する報復作戦に従事するなど、最前線で軍歴を積み重ねた。

 73年にいったん退役したものの、同年10月に発生した第4次中東戦争で機甲師団司令官として現役に復帰。当時、イスラエルの占領下にあったシナイ半島を急襲したエジプト軍に対し、スエズ運河を逆渡河して撃破する作戦を指揮し、イスラエルの「英雄」となった。

 政界進出後の82年6月、イスラエルが、パレスチナ解放機構(PLO)が拠点としていたレバノンに侵攻した際には国防相として戦争を指導。強いリーダーシップを発揮した半面、当時のベギン首相に対する独断専行も目立ったとされる。

 この戦争でイスラエルは、PLOを率いるアラファト議長(当時)に大きな打撃を与え、8月にはPLOをレバノンから退去させている。

 だがその直後の9月、同国の首都ベイルートにあるサブラ・シャティーラのパレスチナ難民キャンプで、イスラエル軍が包囲する中、親イスラエルのキリスト教民兵による難民虐殺事件が発生、シャロン氏は間接的な責任を問われ国防相を辞任。パレスチナ人らから「殺戮(さつりく)者」とも呼ばれた。

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カラシニコフ氏が死去 自動小銃「AK47」を開発

世界的に普及した自動小銃「AK47」を開発したロシアの銃器設計者ミハイル・カラシニコフ氏が23日、病気のため死去した。94歳だった。

 第2次大戦でソ連の戦車部隊に所属し、ナチスドイツとの戦いに従軍。自動化された小火器で武装されたドイツ軍に衝撃を受け、新しい銃器の設計を決意した。戦後間もなく、使いやすくて壊れにくい自動小銃「AK47」の開発に成功。旧共産圏を中心に普及した。一方で、その銃の特徴からコピー製品も大量に出回り、多くの紛争地やテロリスト集団にも使われ、「史上最悪の大量殺害兵器」とも言われた。

 かつて朝日新聞のインタビューに対し、カラシニコフ氏は「悲しい。私はナチスドイツから祖国を守るため、優れた銃をつくろうとしただけなのに」などと答えていた。

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事故死のポール・ウォーカー、死亡証明書で正式に死因が明らかに

11月30日に友人のロジャー・ローダスが運転していたポルシェの助手席で亡くなったポール・ウォーカーの死因は米ロサンゼルス郡検視局によって明かされたが、この度死亡証明書の発行により、正式に死因が明らかになった。

【写真を見る】8日には8000人のファンがポールの追悼式を行った

米ロサンゼルス郡検視局の発表では、ロジャーは衝突による複数の外傷でほぼ即死だったが、ポールの死因は外傷と火傷によるものであり、衝突直後はまだ生きていたことになっていた。

となると、ポールの友人が炎上を始めたポルシェから彼を助けようとしたのを引き留められたことが気になるうえに、消防隊員らが救援活動を続けていれば、ポールは助かった可能性があるかもしれない。

しかし、TMZ.COMが入手した死亡証明書によれば、「ロジャーはポルシェが炎上する前に即死で、ポールは即死ではなかったものの、衝突による外傷を受けてからポルシェの炎上によって火傷で亡くなるまでの時間はほんのわずかであり、ほぼ即死状態だった」という。

亡くなってしまったポールは戻らないが、ファンや家族、友人らは外傷の苦しみのうえに、さらに身動きが取れずに燃え上がる炎の中でポールがもがき苦しむという二重の苦しみを味わっていた可能性があったためにいたたまれない思いがあったのだろう。だが、その時間はほんの一瞬だったことが明らかになった。

8日に8000人のファンがポールの追悼式を行い、14日に家族や近しい友人らによってしめやかに葬儀が行われたが、衝突の原因については未だ解明中だ。

高度な運転技術が問われるポルシェ・カレラGTだが、先日検事のジェフ・マッグは、「車のメカニカルな問題は事故原因から除外していいと考えている。事故前は少なくても時速45マイル(約72キロ)は出ていた」とハリウッド・レポーター誌に語っており、スピードを出しすぎていた可能性も。また、ポールの家族が依頼している調査結果では、高速で走行中の車がプラスチックの車線マーカーの上を通った際に滑ってハンドルをコントロールしきれなくなった可能性もあるようが、2人の薬物検査の調査結果も含めて、正式な事故原因が発表されるまでには数か月を要するようだ。【NY在住/JUNKO】

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オバマファンの70歳女性、対面から3時間後急死

 米オハイオ州アクロンで6日、遊説中のオバマ大統領が朝食を取るため立ち寄った飲食店経営の女性(70)が、約3時間後に体調を崩して死亡した。女性は大統領の大ファンで、訪問時には抱きついて喜んでいた。死因は心臓発作とみられるという。

 米メディアによると、女性はジョセフィン・アン・ハリスさん。オバマ大統領は6日朝、ハリスさんの飲食店にでベーコンと目玉焼き、トーストの朝食を注文していた。

 ハリスさんは大統領に抱きつくなど、興奮した様子だったが、その後に疲労と痛みを訴えて病院に運ばれ、約3時間後に死亡が確認された。

 カーニー大統領報道官によると、オバマ大統領はワシントンに戻る専用機から遺族に電話をかけ、「悲しみと哀悼の意」を伝えたという。

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ピニンファリーナ氏死去=イタリア車デザインの巨匠

 フェラーリやマセラティなどイタリアを代表する数々の高級スポーツカーのデザインを手掛け、世界を代表する自動車デザイナーの巨匠と呼ばれたセルジオ・ピニンファリーナ氏が2日、北部トリノの自宅で死去した。85歳だった。
 産業の中心地トリノで1926年に生まれ、トリノ工科大学で機械工学を学んだ。父親が創業したカロッツェリアと呼ばれる自動車の修理工房を車のデザイン、開発、委託生産などを手掛ける企業「ピニンファリーナ」に育て上げた。
 ボディーデザインを芸術の域に高め、フェラーリ「テスタロッサ」、マセラティ「クワトロポルテ」、アルファロメオ「スパイダー」などの名車を世界に送り出した。経営者としても活躍、1988~92年にイタリア産業連盟(コンフィンダストリア)のトップを務めた。 

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