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うつみ宮土理「最期の別れは私だけで…」貫いた“正妻のプライド”

 芸能界きっての“おしどり夫婦”として知られていた愛川欽也さん(享年80)とうつみ宮土理(71)が結婚したのは’78年11月のことだった。

「2人はバラエティ番組『シャボン玉こんにちは』共演中に急接近しました。当時、愛川さんには奥さんと2人の子供がいた。うつみさんは4本のテレビのレギュラー番組を’78年6月に突然降板したのですが、すでに愛川さんと不倫関係になっていたのです」(芸能関係者)

2人の入籍は愛川さんが離婚した翌日だったが、愛川さんが払った代償も大きかった。

「前妻の通子さん(79)は俳優座養成所時代の同期の女優で、まだ売れていない時代の愛川さんの生活は彼女が支えていたようなものでした。そんな糟糠の妻を捨てた愛川さんを、俳優座の仲間たちも厳しく批判しました。愛川さんは自宅や財産などを、すべて妻子に残し、うつみとの人生を選んだのです。それだけに、うつみさんにとって愛川さんとの生活は“絶対守らなければいけないもの”になったのではないでしょうか」(前出・芸能関係者)

 17日、都内の斎場で密葬が行われていたころ、本誌は前妻・通子さんを取材した。
 ――愛川さんの葬儀には出席しないのでしょうか?
「そうですね。私はいろいろとありましたから……。子供たちは先ほど向かいました」
――ご長男やご長女は最近、愛川さんにお会いしていたのですか?
「そのことについては、私からお話しすることはありません。では、これで……」
 愛川さんとのことはすでに遠い思い出になっているのか、穏やかな表情が印象的だった。

 いっぽう、愛の闘いで勝利をおさめたうつみの“その後”は、穏やかな日々ばかりとは言えなかった。‘03年には本誌が23歳年下の美人マネージャーと、そして’07年には写真週刊誌『FLASH』が44歳年下女優との不倫を報じた。

「女優は『キンキン塾』所属で、うつみが韓国留学中の出来事でした。報道について電話で報告する愛川さんに、うつみは『あんたカッコいいじゃん。世間は“現役”だと思うよ』と言ったそうです」(前出・芸能関係者)

“たとえ彼がどんなに浮気しようとも、私こそが正妻”――。うつみを支えていたのは、そんなプライドだったのかもしれない。『劇団キンキン塾』関係者は言う。

「肺がんが判明した後、2人で相談して、自宅療養を選んだそうです。ある意味、うつみさんにとって、2人きりの日々は幸せだったのではないでしょうか」

 愛川さんの容体が悪化すると、彼の介護用ベッドに自分のベッドをつけ、片時も離れることはなかったという。「最期の別れは私だけで…」。そんなうつみの愛に包まれたまま、愛川さんは天国へ旅立った――。

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白血病で死去の17歳ボクサー・服部さん通夜 親友のアジア王者は号泣…

 慢性骨髄性白血病のため24日に亡くなった17歳のプロボクサー・服部海斗さんの通夜が25日、大阪市阿倍野区の斎場でしめやかに営まれた。大成ジムの同僚で親友のWBAアジアミニマム級王者・加納陸(17)、IBF・WBO世界ミニマム級王者・高山勝成(仲里)ら400人が参列し、早過ぎる別れを惜しんだ。

【写真】将来を嘱望されていた17歳のイケメンボクサー・服部海斗さん

 13年12月、同時に海外デビューした加納は世界王者になると誓い合ってきた。「俺は俺の夢をかなえる。天国で海斗が『おめでとう』と喜んでくれたらいい」と号泣した。

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レツゴーじゅんさん通夜 「半沢」の反響喜んでいた

 「半沢直樹」「ごちそうさん」などに出演し、今月8日に脳出血のため亡くなった、漫才トリオ「レツゴー三匹」のレツゴーじゅんこと俳優・逢坂じゅんさん(享年68)の通夜が10日、大阪市浪速区のベルコシティホール桜川で営まれた。相方のレツゴー正児(73)をはじめ、7月舞台で共演予定だった歌手・中村美律子、「半沢」にも出演した落語家・笑福亭鶴瓶ら400人が参列し、突然の別れを惜しんだ。

【写真】平服で通夜会場に駆けつけた笑福亭鶴瓶

 逢坂さんが数年前に離婚して以降、大阪市内で同居していた姉・紀代子さん(74)によると、逢坂さんが6日午後に倒れた際は、自室で7月の舞台出演に向けた準備の最中だった。舞台で共演予定だった中村は「2月にお会いした時は『楽しみにしている』とおっしゃっていたのに…」と言葉を詰まらせた。

 3人の息子にも仕事の話は全くしなかったというが、3月に食事をした次男・寿博さん(38)には珍しく「半沢、俺がんばったんやなあ」とうれしそうに語っていたという。

 棺にはできあがったばかりの7月公演のパンフレットや、愛用のニット帽子、たばこ、読みかけだった小説などが収められた。

 通夜にはほかに、西川きよし、今いくよ・くるよ、月亭八方、桂ざこば、音無美紀子らが参列。レツゴー長作は京都市内で仕事のため、通夜は欠席した。11日の葬儀・告別式には参列するという。

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みのもんた、“大先輩”山本文郎さん死去に沈痛 生放送で思い出語る

 タレントのみのもんた(69)が、27日放送の『情報ライブ ミヤネ屋』(月~金 後1:55 読売テレビ・日本テレビ系)に電話出演し、アナウンサーとして“大先輩”で、生前お世話なった元TBSの山本文郎さん(享年79)との思い出を明かした。

「世間は不幸を笑ってくれる」…たけし、みのに助け舟

 今朝、訃報を知ったというみのは「信じられない。具合悪くなったのも聞いてなかった」と沈痛の様子。“ブンさん”と呼び慕っていた先輩の急死に「本当にいい勉強させてもらった。残念でしょうがない」といい、最後に会ったのは「昨年9月の頭。僕がいろいろあった時期。すごく元気だった」と突然の死を悔やんだ。

 山本さんの人柄などを聞かれると、「物静かなしゃべりのできるかた。軽妙洒脱で大先輩であり、名アナウンサー。しゃべりの原点はこういうものなんだな、アナウンサーというしゃべりのプロはこういうものなんだなと教えられた」と尊敬していたという。

 さらに、「(しゃべりの)技術なんかよりも人柄が出ていた人。本当にいい勉強させてもらった。残念でしょうがない」と悔み、生前によく一緒に飲んでいた当時を振り返り「飲むことを愛していた。飲み始めと飲み終わったときで全く変わらない。きれいな飲み方だった」と明かした。

 最後は声を詰まらせ、「わたしも遠くないので、また一緒にいっぱいやりたい」とつぶやいた。

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「東京プリン」の牧野隆志さん、49歳で死去 代表曲に「携帯哀歌」

 2人組の歌手グループ、東京プリンの牧野隆志さんが、7日未明に、肺がんによる呼吸不全のため死去していたことが分かった。49歳。8日に所属事務所が公表した。

【写真】「右プリン」と名乗り活躍していた牧野隆志さん

 牧野さんは2010年6月に受けた検査で肺腺がんであることが判明し、同年7月に病状を公式HPで明らかにしていた。

 ブログには「肺ガンステージ4と診断されました」と記し、闘病生活について綴っていた。今月2月5日付では「咳と声。」とのタイトルで「声が、ね。出て来たようなのよねー」「いわゆる通る声。渋いやつね」と書き込む一方で「ただ、今日は一日中、痰がからみまくって咳が出て苦しかった」「一難去ってまた一難。」と記し、これが最後の更新となった。

 牧野さんは、1990年から大阪を中心にラジオDJやテレビリポーター、パーソナリティーとして活動し、97年に伊藤洋介と東京プリンを結成してデビュー。牧野さんが「左プリン」、伊藤が「右プリン」と名乗り、代表曲「携帯哀歌」は日本有線大賞音楽賞を受賞。音楽活動とともに、多数のイベント司会やナレーションを行っていた。

 通夜・告別式は密葬で、近親者だけで執り行う。後日に「お別れの会」を行う予定。

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